子供たちに「もの」を与えることを優先するか、「こころ」を与えることを第一とするか。「こころ」を与える可能性を求める先生は、ぜひ最後まで見てください。

 

以下の文は、今冬、生徒さんの前で話したことの抜粋です。

 

・私のいやな思い出を話させてもらいます。

・私は医者でもなく、学者でもない、ただの親です。

・なぜ話すかというと、平成91025日にさかのぼります。

・平成91025日、この町の少年野球と少女ソフト合同の駅伝大会がありました。この大会は10数年前から行われている、恒例の大会です。参加チームは25チーム。10区間なので参加者は250名になります。

・私も役員の一人として、自分の子供とは異なる場所で、他の子供たちの面倒を見ていました。

・その時、私の携帯電話が鳴りました。家内からでした。

「慶彦が車にはねられた。だめかもしれない」という内容でした。

慶彦は私の末子で当事小学校6年生。すぐ現場へ車で向かいました。途中、救急車とすれ違ったので、Uターンをし、すぐそのあとをつけました。

救急車が病院につき、後ろのハッチが開きました。

ストレッチャーが出てきて、一目見たとき、正直だめだと思いました。それでも大きな声で、

「ヨシ、返事をしろ、何か言え」と叫び続けました。

その時、頭の上から中年の女性の声で、

「西山さん、それはヨッチではなくマスミです」という声がしました。

そこではじめて、目の前の子が息子ではなく、息子の親友の黒井真澄君だとわかりました。いったいどうなっているのか分からず、呆然とストレッチャーの横についていました。

二人が1台の車に同時にはねられたということでした。すぐに2台目の救急車が来て、今度は私の息子が運ばれてきました。私の息子はそれでもうめいていました。

2台とも処置室に運ばれていきました。

子供の命がなくなるかという状態に追いつめられると、親というものは自分の子供さえ分からなくなる。

処置室の前で待っていると、警察官が来て、事故の様子を語ってくれました。

80キロ出ていた車が、アップしようと道路を横断しようとした二人をはねた。二人とも20数m飛ばされて、コンクリートの道路にたたきつけられた。犯人は捕まえてある。車のフロントガラスは頭の形に二つ割れていた。

正確な事故の状況を話してくれましたが、どの話も、絶望的な話ばかりでした。

駅伝大会は中止になっていたので、しばらくすると仲間の役員たちが見舞いに来てくれました。

4区と5区の中継点の役員たちは事故の瞬間を見ていました。ある役員は、

「頭の上から二人が降ってきた」と。またあるものは、

「キキキーという音がし、ドカンという音がして、ふりかえると2本の矢が空を飛んでいた」。私の友人のある親は、

「お前には申し訳ないが、俺はその場にいて、はねられた子供がころがっていたその時に、一番先にしたことは、自分の子供を捜したこと。自分の子供がみつかってから、誰なんだろうと駆けつけた」これは親として正直な気持ちだと思います。

うちの子供が先に処置室から出て、レントゲン室に入りました。その時の医者の話では、

「内臓は破裂していない。今のところ脳内出血もしていないが、交通事故という考えられない力がかかっているので、脳が片側によってしまい、戻るときに脳内出血をおこし、亡くなることがある」それではいつになったらとたずねると、最初の山は一日目、その次は三日、あとは三ヶ月。三ヶ月経てば脳内出血は大丈夫とのことでした。

80キロのスピードの車ではねられて、30kgの物体が20m飛び、またコンクリートの道路にたたきつけられる衝撃を考えれば、理屈で考えれば考えるほど、どうしようもない状態でした。医者は、後遺症は必ず残るといいました。

そんなことは気にもならなかった。

ともかく命さえ助かってくれればと思っていました。

その時、親としてできたことは、

「ただ祈ることだけ。自分の命と引き換えに子供の命を助けてほしい。ずっとそれを思っていのっていた」

もし、みんながそうなれば、みなさんの親もそう思うはずです。

3日たって、うちの息子は一応の命の保証みたいなものをもらいました。

ただ、友人の黒井真澄君は、1026日の未明130分に亡くなりました。左側の脳、肺、脾臓、腎臓、すべてがつぶれていたそうです。

自分の子供がどうして生きているのだろうと、ずっと思っていました。

真澄君が夜中の1時半に亡くなったこともあって、夜の闇が恐怖となって、子供が痛がってうめいていたり、いびきをかいたりしている時は、こちらもなんとなく休めていましたが、静かになるともしやと思い、心臓に手を当て、確かめました。入院中ずっとそういう状態がつづいていました。

もしかしたら追いつめられた親にしか気づかないことかもしれませんが、親が子に思うことは、「健全な身体と折れない心を持つこと」

やはり親も人の子、自分のしてきた失敗はしてほしくないし、勉強をしていい点を取って、いい学校に入っていいところに就職して、と普通の欲もあったと思います。

そんなことがちょっとしたボタンの掛け違いになり、親と子の関係がうまくいかなくなっていることもあるかもしれません。

ただひとつだけいえることは、みなさんが、「自分は一人だ」と思うことは間違っている。

必ず親はみんなのことを思っている。

ただ、もしかしたらそれに気づかないか、当たり前のことだからあえて言わないのか、どちらかはわかりませんが、親にとって子供というのは、一番大事なもの。

この話は今から6年と4ヶ月前の話ですが、人の前で話すようになったのは2年前から。

それまでは、この話は忘れたい話。自分の子供が生死の間をさまよい、ほとんど絶望的なふちまで行って、子供の親友も亡くし、駅伝大会もひらかれていない、みんな不幸な結果で終わったこと、できるものなら忘れてしまいたいことでした。

2年前、たまたま同じ旅館をやっている森さんと話す機会がありました。森さんのお子さんのうち二人はスキーの選手で、一人は長野オリンピックに出、もう一人、トオル君という息子さんも、モーグルで長野オリンピックを目指していました。ナショナルチームにも入っていて、候補選手でした。

ところが、長野オリンピックの半年前、がんが発見されて、長野オリンピックは断念せざるをえませんでした。そして、オリンピックが終わってから半年後に亡くなりました。

その森さんと話したとき、森さんはトオル君の話を、私は慶彦の話しをしました。

その時、二人共通に言った事は、今あまりに命の重さが軽んじられている。マスコミの報道も、毎日毎日虐待、親殺し、子殺しなどいやなはなしばかり。でももっといい話もいっぱいあるのに、どうしても悪い話ばかり優先して、あたかもみんながそうであるとの印象を与えている、と。

命というのは大事なもので、これは人間だけのことではありません。志賀高原には猿が多く住んでいます。2年前、お客さんの少ない時期なのに、道路が大渋滞になっていました。変だなと思っていたら、坊平という長い直線の場所で、母親の猿が2本足で立っていました。手にははねられたばかりの死んだ小猿がかかえられていました。

すごい顔をして、あたかも、「誰がはねたんだ」といわんばかりの顔で、センターラインのど真ん中にいました。まわりも何匹かの猿が、それを守るように囲んでいました。それで大渋滞になっていました。

猿でさえ、自分の子供が生命を失えば、それだけかなしみ、自分がはねられる危険を顧みず、犯人を捜す。それなのに、この間の大阪の報道もそうですが、信じられない話が多い。ただ、日本の人口から考えると、そのなかの親子の組数から考えると、いま報じられているいやな話は、零コンマ何%とか、もっと低い%の話です。ただ、報道があたかも日常茶飯事のようにしているだけです。そのことを忘れないでほしい。

私の息子は、こちらの世界に帰してもらったが、何日間は森さんと同じ状態に置かれていた。という話もして、その時はわかれました。

何日かして、森さんが1冊の本をくれました。これをよんでみてくれ、君なら分かってくれると思う、といわれました。亡くなったトオル君のことを書いた本でした。著者は別にいますが、森さんご夫婦の、父親・母親としての思いが詰まった本でした。

読んで本当に感激しました。

つらい思いをよくこういう本にされたなという思いが一番でした。

その時に、自分も、忘れようとするのではなく、何かをしたほうが、息子を返してもらった「恩返し」になるのではないかと思いました。

その時から、縁もあってうちを利用していただく生徒さんには、先生方に無理を言って、たとえ10分でも15分でもいいですからといい、この話をさせてもらっています。この本(『トオル君を忘れない』)は400冊買いました。みなさんも、スケジュールが詰まっているし、スキーの実習が目的だし、時間のないことも承知していますが、この本の190ページから210ページの20ページだけでいいから読んでほしい。

この本自体は、オリンピックを目指し、若くしてガンにおかされ命をなくした一人のスキーヤーの物語ですが、190ページから210ページには、子供がもう絶対助からないと分かった時、何もできない親の悲しさ、苦しみが書いてあります。これが親の子供に持っている本当の気持ちなんです。ですからぜひ、そのページだけは読んでほしい。

もうひとつ皆さんに言いたいことがあります。このことは、もどしてもらった息子にも、その兄、姉にも言っていることですが、こういう形で今スキーの実習にこられて、手もあるし、足もあるし、なによりも命がある。このことはすごくいいポジションだと思ってほしい。不平、不満はだれにでもある。もちろん私にもある。ただ、小学校6年で朝駅伝大会に6年だから「がんばるよ」といって出て行って、2時間も経たないうちに「むくろ」のようになってしまった黒井真澄君とか、目標にしていたオリンピックまですぐそこまでいきながら、胃がんという病に冒された森徹君、これは長野県のこの地に実在し、実際に起こった話。こういう子供・若者のことを考えれば、こういう形でいられるということは、すごくいい場所(ポジション)にいるということ、それに気づいてもらいたい。

 

もうひとつ言いたいことは、「自分のいいところだけを見てほしい」ということです。

今、日本の世の中は、一見「減点方式」になっているようにみえます。100点満点からの減点、学校のテストなどがいい例です。しかし本当の社会に出てから実態は違うと思います。

減点方式の一番悪いのは、もしかしたら何もしない人が一番点がよくなる可能性があること。動けば動くほど人間はミスをするので、やればやるほど点数が減っていく。では何もやらないほうがいいだろう、ということになる。こんなことは実際にはありえないが、理屈のうえではなりたってしまう。いいところを見てください、というのは「加点方式」でいてほしいということです。

なぜこんなことをいうのかというと、今、私は他の従業員と違い、「作務衣」という禅宗の僧侶の作業着を着ています。なぜこんなものを着ているかというと、私は僧侶ではありませんが、渋温泉という昔ながらの温泉場で、もう一軒、小さな旅館をやっています。悪いほうからいうと、暗くて、音がして、夏が暑くて、冬が寒くて、階段だらけで、バリアフリーも0点、部屋も全部違うので不公平ができる、という旅館です。これは「金具屋」という旅館を減点方式で見た場合。次に加点方式で見ると、暗いというのは電球色の為で、逆に温かみがでる。音がするというのは空気が通っている、木は動くことからそうなる。それではなぜこれが加点なのかというと、今問題になっているシックハウス、シックスクールというのは高度に密閉することによって起こる弊害。木造建築でもにかわとかうるしとか使うので、正確に言うと身体に害になるものもあるが、空気が流れるため、そういうものの濃度が濃くならない。だから音はしても、健康にはよいということになります。

夏暑く、冬寒いというのも同じこと、冷暖房の効率が悪いということは、これも空気が流れるため。ビルは強制換気をし、空気を整えている。レジオネラ菌が発生するので、クーリングタワーなどに塩素を入れる。だから塩素の入った空気を吸っている可能性があり、身体によくない。

段差だらけというのは、あがりかまち、ケヤキの階段などに見られるよう、日本の伝統文化がのこっているため。部屋がすべて違って不公平ということも、私の祖父が、金太郎飴のように同じものが並んでいるのは安物の証拠ということで、わざと昭和初期に間取りを変えて作ったもの。

このように、みんなにも欠点はあると思うが、目をつぶって、いいところを伸ばしてほしい。

ちなみに「金具屋」は今年の27日の「世界ふしぎ発見」というTV番組に「昭和の象徴的旅館」としてとりあげられました。また、過去にも、旅番組だけでなく、「ナイナイサイズ」とか「天声慎吾」などの若い人の番組にもとりあげられています。

それというのも、さきほどいったようなものがあるからで、長所が伸びると短所を消してくれるからです。

みなさんもこういう形で生きていっていただきたい。

 

日本はアメリカに戦争で負けて、民主主義とか個人主義になりました。

原則的に人間はよわいもの。かもしかはすごい崖をのぼりおりできるが、人間はロープがなければできません。走っても犬より遅いし、人間の身体能力は低い。ではなぜ食物連鎖の頂点に立てたかというと、「群れ」です。共同で狩をしたり、農耕をしたりしてきた「群れ」の最小単位は今も昔も「家族」です。「孤高を保つ」という言葉がありますが、この言葉は、それだけ一人でいることがむずかしいということを意味しています。最終的にそうなれればいいにしても、とりあえずは「家族」という最小の群れ、それから「友人」「学校」「地域」「社会」という形の群れを考えて、自分は一人でなくまず「家族」という群れに属していると考えてほしい。

生命というものはいつかは終わるものなので、本当に大事に使ってほしい。

 

一番の親不孝は逆縁。逆縁とは親より先に死ぬこと。先ほどの話の黒井真澄君は、自宅も近いし少年野球のチームこそ違え、息子とクラスが同じだったのでよく知っていました。本当にいい子でした。正義感も強いし、活発だったし、クラスのリーダーだった。

本当にいい子で親もものすごくかわいがっていました。そんないい子だけれど、黒井真澄君は親不孝な子です。

どのくらいの親不孝かというと、真澄君はまだ、骨のまま家にいます。

1026日の正月命日には必ずおまいりにいくのですが、小学校6年の写真の横に骨があるのです。このお宅にはお墓はあります。

ある年に、そろそろお墓に入れたほうがいいのではと話したときに、真澄君の両親がこういいました、

「わたしたちのどちらかが死んだ時、一緒にお墓に入れます。それまでは真澄を一人ぼっちにするのがかわいそうだからこのままにします」

このように、親にとって子供というのはそれほど大事なものなのです。みなさんも先ほどお願いしたように「逆縁」ということはしないで下さい。「人間はひとりでない」ということ、みなさんが「いいポジションにいる」ということ、「命は何よりもかけがえのないもの、親にとって子は命そのもの」この3つのことを忘れないでいて、これからもがんばってほしい。

先生方には、スキー実習の貴重なお時間を私のようなものにくださったこと、心より御礼申し上げます。また、生徒さんも静かによく聞いてくださり、ありがとうございました。

以上をもちまして私の話を終わります。ありがとうございました。

 

◆40分以上時間をいただけた時は、このような話をしています。20分くらいの時は内容を削っています。数多くの学校の生徒さんの前で話をさせてもらっていますが、ひとつだけ共通しているのは、話を聞いている生徒さんの態度です。本当に静かに、真剣に聞いてくれています。おどろくばかりです。ホームビデオですが、ビデオもありますので、ご要望があればお送りいたします。

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